便利堂のコロタイプの工房は1905(明治38)年に開設し今年で116年目となります。ご周知の通り、コロタイプは精緻な印刷技法として普及しましたが、他の印刷技術の台頭とともに姿を消していきました。現在も稼働を続けている便利堂コロタイプ工房ですが、開設当時の技術をそのまま使い続けているかというとそうではありません。116年の間にはいくつもの大きな進化や変化がありました。 「①動力印刷機の導入」「②コロタイプのカラー化」「③デジタルへの取り組み」「④環境への配慮」この4つが主としてあげられます。しかし、どれ一つとして簡単なものはなく、日々実験を繰り返し、失敗を重ねながらも、技術を時代にあった形に進化させてきました。今回の展示では便利堂のコロタイプがどのように変化してきたのかをわかりやすくご紹介する内容となっています。 ①動力印刷機の導入 円圧式の「動力印刷機」はギャラリーからもその姿をご覧いただけます。ただ、この動力印刷機は初めから使用されていたわけではありません。明治期に使われていたのは「手刷り平台印刷機」でした。版にインキを入れ、紙をセットし、プレスする。印刷の工程すべてを人の手でおこなう、アナログのプリント方法です。1936(昭和11)年には《法隆寺金堂壁画》の原寸大複製がこの印刷機で制作されました。このプリントのもとになった写真原板は平成27年に国の重要文化財に指定されました。現在、便利堂が所蔵する原板の一部が京都国立博物館で開催されている「京の国宝」展で展示されています。 しばらくは平台と動力機を平行して使用していましたが、昭和30年以降には動力機がメインの印刷機になりました。1995(平成7)年に導入された大判コロタイプ印刷機「Dax」では24×48インチサイズを刷ることができます。工房がスタートした頃からすると、印刷はスピードも精度も大きな進化を遂げてきました。 ②コロタイプのカラー化 写真の印画技法として誕生したコロタイプは基本的に1色でしか刷れません。しかし、原本を精巧に再現する複製を制作するためには、コロタイプによるカラー表現の実現は必須でした。その研究が始まったのは昭和30年以降のことです。 1色ずつ重ね刷りする木版画のやり方を参考に、撮影した写真から、色ごとに分解した版を作り、原本の色彩に合わせて調合したインキを1色1色刷り重ねてひとつの絵をプリントしていきます。職人による勘と経験が必要な作業ですが、長い研究期間を経てようやく実用化に至りました。初めて複製で実用化されたのは1966(昭和41)年、《女史箴図巻》(原本 大英博物館蔵)の原寸大完全複製です。この「多色刷コロタイプ」は、現在商業ベースでは世界中で便利堂にしかできない独自の技術です。今回は、先日今年度の国宝新指定に答申がなされた《蒙古襲来絵詞》(原本 宮内庁三の丸尚蔵館)のコロタイプ複製を展示します。
③デジタルへの取り組み
2000年頃からコロタイプ工房でもデジタル技術導入の取り組みが始まりました。コロタイプの技術はもともとすべての工程が職人の手による、いわばアナログの極みとも呼べるようなものでしたが、デジタルカメラの台頭により撮影と製版の工程にデジタル技術を応用する研究に取りかかります。
繊細なアナログレタッチ(製版)による職人技をどのようにデジタル作業に置き換えるのか、便利堂は4半世紀にわたって研究を進めてきました。その間、世の中のデジタル化の流れの中で供給される最前線のデジタルエクイップメントを取り入れながら便利堂コロタイプのデジタル化の方程式を模索してきました。そしてひとつの完成形として自負しているのが、現在の方式です。製版はこのデジタル方式ですが、プリントの工程自体はコロタイプが発明された160年前と変わらない職人のアナログ技術です。「古くて新しい」この表現力は、世界中のアーティストからも注目されています。今回は展示3として、弊社が主催している写真コンペティション「ハリバンアワード」の2017年最優秀賞受賞者、スティーブン・ギル氏の写真作品を展示しています。
デジタルとアナログの良さは別物であり、補い合うものと考えていますが、やはりデジタルがアナログを凌駕する部分の一つが機械的な画像処理の部分です。今年の春の展示では、デジタル画像処理で原寸大に複製した《高松塚古墳壁画》を展示しましたが、今回はデジタル画像処理によって原本の再現複製を試みたサンプルを展示しています。こちらは先日オンライン動画配信で開催した第31回研究会で複製制作の紹介をした北大路魯山人筆「佛手柑」です。左側の表装されている方が原本ですが、ご覧のとおり長年の展示によって退色してしまっています。これを本来の色彩に再現したのが右の複製です。
魯山人書簡《仏手柑》コロタイプ復元複製(右)、2021制作
④環境への配慮
これまでコロタイプの刷版をご覧になったことがある方は、黄色い色が印象に残っているかもしれません。それは感光材の「重クロム酸塩」という薬品によるものでしたが、環境への負荷がある物質でした。そこで弊社が近年研究を進め独自開発を行ってきたのが、環境に優しい「DAS Photosensitizer(DAS感光材)」です。このレシピで作った板は透明です。便利堂は現在、「便利堂エコプロジェクト」を立ち上げ、地球環境と事業活動の調和を目指し、商品の開発・生産・販売を通じて、環境負荷の低減および環境保護のための様々な活動を積極的に推進しています。コロタイプにおいてもこの観点で課題に取り組んでおり、その一つが無害な薬品への転換です。 2012(平成24)年から研究が始まり、何度も実験を繰り返し近年ようやく実用に至りました。DAS感光材が開発されたことで、廃液処理の問題をクリアし、コロタイプの技術を未来へつなげていくことができるようになりました。しかも、安心安全な感光材を使うことで、一般の方にもコロタイプをお楽しみいただくことが可能になりました。現在、コロタイプ制作物をこのレシピにシフトしており、現時点で8割以上をDAS使用した版で制作しています。展示の魯山人作品もDAS版によるものです。 長い歴史の中で、変化を恐れず進化しつづけ、確かな技術を確立し、次の世代へと継承する。もしどれかひとつでも欠けていたらコロタイプの技術は途絶えてしまったかもしれません。便利堂コロタイプ工房の挑戦をぜひごらんいただき、コロタイプの現在地をわたしたちと一緒に確かめていただければうれしいです。 【開催概要】 便利堂コロタイプギャラリー「コロタイプの現在地」展 2021年7月26日(月)~9月3日(金) 時間:10:00-17:00(平日12:00-13:00、土日祝日はお休み) 入場:無料 場所:便利堂コロタイプギャラリー (京都市中京区新町通竹屋町下ル弁財天町302)
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